労働安全衛生法とは、1972年に制定された、「職場における労働者の安全と健康の確保」や「快適な職場環境の形成促進」を目的とする法律です。「労働災害の防止のための危害防止基準の確立」や「責任体制の明確化」「自主的活動の促進」などの総合的かつ計画的な推進により、目的の達成を図っています。
事業者とは? 労働者とは?
事業者とは?
「事業者」とは、事業を営む個人や法人を指し、製品やサービスを提供するための活動を行う者です。事業者は、自らのビジネスを運営し、利益を追求することを目的としています。また、事業者には労働者を雇用することが多く、雇用主としての義務や責任も伴います。具体的には、従業員の給与支払いや労働条件の整備、安全衛生の確保などが含まれます。労働者を雇用している事業者は、全て労働安全衛生法の対象となります。つまり、ほとんどすべての企業にこの法律が適用されると考えられます。さらに、労働者が50人以上いる事業所(例:A営業所、B支店など)は、労働安全衛生法により「衛生管理者の選任」や「衛生委員会の設置」などが義務付けられています。事業者は、その規模や業種にかかわらず、法律や規制を遵守しつつ、持続可能な事業活動を行うことが求められます。
労働者とは?
「労働者」とは、企業や事業者に雇用されて労働を提供し、その対価として賃金を受け取る個人を指します。労働者は、雇用契約に基づき、一定の労働条件のもとで働く義務を負い、その結果として賃金やその他の報酬を得ます。正社員、パートタイム、契約社員、派遣社員などのさまざまな形態で雇用されることがありますが、その全てが労働者です。労働者の権利と義務は労働法や雇用契約によって保護され、また労働者の安全と健康を守るために労働安全衛生法なども存在し、適切な労働環境の確保が求められます。
安全基準・衛生基準とは?
安全基準とは?
労働安全衛生法に基づく「安全基準」とは、労働者の安全と健康を守るために、職場での危険や有害な状況を予防・管理するために定められた具体的な規定や要件を指します。これらの基準は、さまざまな業種や職場環境に適用され、安全な労働環境を確保するための具体的な方法や条件が詳細に定められています。
これらの基準は、労働者が安全かつ健康に働ける環境を提供するために必要不可欠であり、事業者はこれらの基準を遵守し、適切に管理する責任があります。労働基準監督署などの行政機関が定期的に職場を監査し、基準の遵守状況を確認することもあります。
衛生基準とは?
労働安全衛生法における「衛生基準」とは、労働者の安全と健康を守るために、職場環境の衛生管理について定められた具体的な規則や要件のことを指します。これらの基準は、労働者が健康を損なわずに安全に働ける環境を整えることを目的としていて、主に空気・明るさ(照度)・騒音・振動の4種類の分野があります。なかでも空気環境に関する規定が多く、空気中の有害物を少なく保ち、人が快適さを感じられるような換気や空調は重要です。たとえば、室温は17~28度以内、湿度は40~70%以内が基準となっています。定期的に作業環境を測定したり、測定結果の記録を3年間保存したりする義務もあるため、維持管理と記録を怠らないようにしましょう。
事業者が遵守すべき項目はどういうのがあるの?
管理者の配置
労働安全衛生法では、事業所の労働者数に応じて、総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医といった安全衛生の中心となる管理者を選任することが義務づけられています。ここでいう「労働者数」とは、事業所を一つの適用単位として、パートタイマーや派遣社員、期間従業員なども含む人数です。10人以上の労働者がいる事業所では衛生推進者を、50人以上の労働者がいる事業所では衛生管理者、安全管理者、産業医を選任して設置する必要があります。
安全衛生教育の実施
安全衛生教育とは、労働災害防止を目的として労働者へ安全衛生に関する知識を与えるための教育のことです。労働安全衛生法によって事業者が行わなければならない安全衛生教育は以下の6種類がありますが、1~4までが法定教育として義務付けられており、5と6には努力義務が課せられています。
- 雇い入れ時の教育
- 作業内容変更時の教育
- 特別の危険有害業務従事者への教育(特別教育)
- 職長等への教育
- 安全衛生管理者等に対する能力向上教育
- 健康教育
労働災害防止の措置
労働災害防止のために、事業者が講じなければならない措置として次のような対象が定められています。
危険対象
機械や設備などによる危険
爆発物や発火物などによる危険
電気や熱、その他のエネルギーによる危険
掘削や採石、荷役などの作業方法から生まれる危険
墜落や土砂等の崩壊による危険
健康障害対象
原材料やガス、蒸気、粉じんなどによる健康障害
放射線や高温、低温、超音波、騒音、振動などによる健康障害
精密工作などの作業による健康障害
排気、排液などによる健康障害
そのほか
就業場所や作業場について建物・設備放置や不衛生
労働者の作業行動から生じる労働災害
急迫した労働災害発生の危険
リスクアセスメントの実施
リスクアセスメントの目的は、職場に存在する潜在的な危険や有害要因を特定し、そのリスクの大きさを評価して、適切な対策を講じることです。これにより、労働災害や健康障害を未然に防止し、安全で健康的な作業環境を確保します。
対策としては、危険源の除去、代替手段の導入、技術的対策(設備の導入)、作業手順の見直しや作業員の配置変更、保護具の使用等があります。
リスクアセスメントは、労働災害を防止し、労働者の安全と健康を確保するために不可欠な取り組みです。事業者は、リスクアセスメントを継続的に実施し、その結果に基づいて適切な対策を講じることで、安全で健康的な職場環境を提供する責任があります。
危険業務の就業制限
事業者は、クレーンの運転などの一定の業務について免許取得者や必要な技能講習を修了した者など資格を有する者以外は就業させてはいけないとしており、また資格を持っている者も従事するときに資格を証する書面を携帯させなければいけないとしています。
また、事業者は、厚生労働省令で定める伝染性の疾病に罹患した労働者は就業を禁止しなければならないと定められています。
更に、労働安全衛生法ではなく労働基準法では、事業者は妊娠中の女性及び産後一年を経過しない女性(以下「妊産婦」という。)を、重量物を取り扱う業務、有害ガスを発散する場所における業務その他妊産婦の妊娠、出産、哺ほ育等に有害な業務に就かせてはならないこととなっています。
危険物・有害物の取扱・表示義務
事業所における労働者の危険や化学物質などの有害物質の吸引等による健康障害を防ぐために、爆発性の物、発火性の物、引火性の物、ベンゼンやベンゼンを含有する製剤などは、定められた容器に入れなければなりません。また、それらの容器や包装等には名称・成分・人体に及ぼす作用・貯蔵や取扱上の注意・注意喚起の標章などの表示、伝達を実施することが求められています。
定期自主点検
事業者は、定期的に機械等の検査を行うことが規定されており、ボイラー、クレーン、第一種・第二種圧力容器、ゴンドラなど、労働安全衛生法施行令第15条1項で指定された機械等は、使用開始後の一定期間ごとに、各種定期自主検査指針等に定める検査項目、検査方法及び判定基準に基づき、所定の機能を維持しているか検査しなくてはなりません。また、その検査結果は最低3年間の保存が義務づけられています。
労働者の健康保持
労働者の心身の健康問題に対処するためには、早い段階から心身の両面について健康教育等の予防対策に取り組むことが重要とされています。また、労働者の健康の保持増進を図ることは、労働生産性向上の観点からも重要です。
労働安全衛生法では、事業者に対して労働者に医師の健康診断を実施しなければならないと規定しています。事業規模を問わず、労働者に健康診断を受診させるのは事業者の義務です。毎年1回、必ず実施しなければなりません。
雇入れ時健康診断
雇入れ時健康診断とは、労働安全衛生法第66条、労働安全衛生規則第43条で定められた「法定健康診断」の一種で、事業者が従業員を雇入れる際に行う健康診断のことです。入社前後に行うのが基本ですが、従業員が入社前の3ヶ月以内に健康診断を受けていて、かつ当該健康診断の結果を証明する書面を提出できれば、雇入れ時健康診断を受ける必要はありません。
定期健康診断
定期健康診断は、労働者に対して1年以内ごとに1回行う健康診断のことです。具体的な項目は雇入時の健康診断と変わりありませんが、身長・腹囲など一部の項目につき「医師が必要でない」と認めるときは省略できます。実務の観点からは、大人数での健康診断など管理が煩雑になるケースも珍しくないため、検査項目をあえて省略するケースは少ないものと推察されます。
特定業務従事者の健康診断
危険にさらされる業務に従事する人・深夜の業務に従事する人など一定の条件に当てはまる特定業務従事者に対して、事業者は特定業務従事者が対象となる健康診断を受けさせなければなりません。検査項目に関しては、定期健康診断と同様の内容です。しかし、実施のタイミングは当該業務への配置換えの後および6ヶ月以内ごとに1回となり、実施時期が定期健康診断よりも短くなります。さらに、常時50人以上使用する事業所の場合は、健康診断の結果を労働基準監督署へ報告する義務があります。また、その結果を5年間保管しておくことも事業者の義務です。ただ定期的に健康診断を行うだけでなく、その結果を報告して情報を管理するのも事業者に義務付けられています。健康診断に関する情報は重要な個人情報なので、慎重に取り扱いながら外部に漏れないように努めましょう。また、すでに多くの企業で導入されていますストレスチェックとは、常時使用する労働者に対して医師・保健師等による心理的な負担の程度を把握するための検査のことです。労働者自身に「自分の抱えているストレス」に気付いてもらい、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止しつつ、それを働きやすい職場づくりに反映させるねらいがあります。
安全衛生委員会の設置
労働安全衛生法により、一定の規模に該当する企業では「安全衛生委員会」の設置が義務付けられています。これは、労働者の危険を防ぎ、健康を守るためにとても重要なものになります。
安全衛生委員会とは
安全衛生委員会(安全委員会・衛生委員会)とは、労働災害の防止のために対策を講じたり、重要事項について調査審議を実施するためのものです。労働安全衛生法で、一定の規模に該当する事業場は安全委員会・衛生委員会の設置が義務付けられており、両方を統合した安全衛生委員会を設置することもあります。
快適な職場環境の形成
労働者は生活の3分の1を職場で過ごしていることから、職場はいわば労働者の生活の場の一部ともいえます。その生活の場が浮遊粉じんで汚れている、臭気がある、暑すぎる、寒すぎる、暗い、騒音でうるさいなど作業環境に問題があったり、不自然な姿勢での作業や大きな筋力を必要とする作業内容であったりする場合には、労働者にとって不快であるだけでなく、生産性の面からも能率の低下をきたします。そこで、作業環境や施設設備についての現状を的確に把握し、職場の意見、要望等を聴いて、快適職場の目標を掲げ、その実施の優先順位に基づいて計画的かつ着実に職場の改善を進めることが必要です。例えば、空気を清浄化する、温度、湿度を適切に管理する、重筋労働を少なくして作業者の心身の負担を軽減する、疲れた時に身体を横にすることのできる休憩室等を設置する、昼休みにスポーツをした時に汗を流すシャワーを設置する等です。職場の快適性が高いと職場のモラルの向上、労働災害の防止、健康障害の防止が期待できるだけでなく、事業活動の活性化に対しても良い影響を及ぼします。その際、人が快適と感じるかどうかは個人差があり、職場の環境という物理的な面のみでは測れませんが、多くの人にとっての快適さを目指すことを基本としながら、個人差にも配慮することが必要となります。
事業者にはどんなメリットがあるの?
モチベーション向上
事業者にとっては、労働者のモチベーションが向上します 良好なコミュニケーションで職場が明るくなり、労働者のやる気向上が期待できます。 また、労働者の意見を活かして、作業や職場環境の改善活動を行うと、より積極的に仕事に取り組む姿勢が生まれるでしょう。
生産性向上
安全衛生管理への理解や取り組みの手法を改善することは、現場に安全第一本来の意味を根付かせ、作業環境や生産性を改善する転機となり得ます。安全な作業を行うための教育も、安全衛生管理の一環に含まれています。従業員が正しい知識を持って業務にあたることで、企業全体の生産性向上が期待できます。また、現場での事故やトラブルが防げるため、予想外のロスも発生しません。安心して業務に励める環境があることは、大きな利益につながります。
もしできなかった場合の罰則はどうなるの?
労働安全衛生法の罰則には以下の罰則があります。
6ヶ月以下の懲役、または50万円以下の罰金
安全衛生教育実施違反(労働安全衛生法59条3項)
病者の就業禁止違反(労働安全衛生法68条)
健康診断等に関する秘密漏洩(労働安全衛生104条、180条の2第4項)
50万円以下の罰金
衛生管理者の未選任(労働安全衛生法12条1項)
産業医の未選任(労働安全衛生法13条1項)
衛生委員会の未設置(労働安全衛生法18条1項)
労働災害防止措置違反(労働安全衛生法30条の2第1項、4項)
安全衛生教育実施違反(労働安全衛生法59条1項)
健康診断の実施違反(労働安全衛生法66条)
健康診断結果の未記録(労働安全衛生法66条の3)
健康診断結果の非通知(労働安全衛生法66条の6)
法令の非周知(労働安全衛生法101条1項)
書類保存実施違反(労働安全衛生法103条1項)
書類の未保存、虚偽の記載(労働安全衛生法103条3項)
どこに相談すればいいの?
労働安全衛生法の適用で不明な事項については、やはり監督官庁である最寄りの労働基準監督署の担当窓口や、各独立行政法人労働者健康安全機構では、産業医、産業看護職、衛生管理者等の産業保健関係者を支援するとともに、事業主等に対し職場の健康管理への啓発を行うことを目的として、全国47の都道府県に産業保健総合支援センター(さんぽセンター)を設置していますので、これらを利用相談するといいでしょう。